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最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)192号 判決

兵庫県三原郡三原町八木笶原鳥井五〇九番地

上告人

池田惠一

右訴訟代理人弁護士

上田稔

兵庫県洲本市山手一丁目一番一五号

被上告人

洲本税務署長 蟻本平治

右当事者間の大阪高等裁判所平成七年(行コ)第四四号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成八年六月二〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人上田稔の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 尾崎行信)

(平成八年(行ツ)第一九二号 上告人 池田惠一)

上告代理人上田稔の上告理由

本件において、原審及び第一審は、上告人が本件土地を取得したのは昭和六〇年四月二三日の売買契約に基づくものであり、従って、その後、平成元年及び二年の売買に関する課税は五年以内の売買であるから短期分離譲渡であると判断されたが、右は誤りにして、上告人は、右昭和六〇年四月二三日に取得したのではなく、それ以前に本物件を取得していたものである。その事由を詳説すれば次の通りである。

一、本件は上告人が池田平一より売買によって取得したものではない。

右につき、本件土地登記簿謄本は池田平一より上告人に対し、昭和六三年四月二三日売買と記載され、又、甲第九号証調停調書にも同様の記載がある事は否定する事はできない。

しかし、事実は右の如き金一、五〇〇万円で売買すると云う事は無かったのである。

即ち、本件土地は元、池田平一が耕作していた事は否定しないものの、それは、その他の田畑、即ち、後日、上告人及び平一の父親池田清次郎が所有していた土地と共に、同人の占有補助者として耕作していた(ただ名義のみは後で述べる如く平一のものとなっていた。)ところ、同人は商売に失敗し、昭和三二年五月頃、本件土地を含め田畑等一切を家、屋敷と共に放棄し、暫く借財主等より行方をくらまし、通常の者から見る限り所在不明となっていた事は池田平一も第一審で証言する通りであり、そうであれば本件土地は名義はどうあれ、平一は所有権を放棄し、又は、仮に同人が放棄しなくとも、同人が行方不明となった以上、その父清次郎が平一に代わってこれを所有の意思をもって占有管理し、上告人は清次郎の占有補助者として維持、管理に携わって来たものである。(右については上告人は中学校を卒業すると共に大阪に就職したところ、平一の家出により呼び戻され清次郎の家業を手伝う事となった事は上告人や平一の第一審における証言により明白である。)

二、それが、昭和四六年八月四日に池田清次郎の死亡と共に旧法に云う家督又は家産相続の意味を以て上告人が同人の遺産を相続するに際し、本件物件についても同様に相続したものである。(さればこそ甲七三号証の一以下の通り、他の兄弟と共に池田平一もその清次郎の遺産を放棄し、上告人をしてこれを単独に相続させたものである。そうであれば、昭和三二年五月頃、平一が占有を放棄して以後、上告人は、清次郎が所有の意思を以て本件土地を占有していたものにつき、これをも相続したものと言う事ができ、従って、本件についての調停の申立をした昭和五九年一〇月六日は既に二〇年の時効が完成していた後のものである。

三、更に平一は、固定資産税のみは二、三年自分が支払っていたが、その後は父親に支払わせ、それは賃借料の代わりであると言っているところ、あくまで、本来、固定資産税支払はそれをもって賃料の支払にかえる事が有り得ない事は言う迄もなく、従って、仮に一歩譲って平一が三年間は固定資産税を支払ったと仮定するも、その後三年を経過した昭和三五年迄であり、その後昭和三六年一月一日以降は清次郎が固定資産税を支払っていたものにして右は仮に平一が家出をしたとき、清次郎が所有の意思をもって占有を開始したといえないと仮定しても右固定資産税支払の時つまり昭和三六年一月一日より所有の意思をもって占有を開始したというべきであり、同人及びその占有を承継した上告人は右より二〇年を経た昭和五五年一二月末日には池田清次郎の占有に基づく所有権を取得したと言うべきであり、当然、本件土地を含め、池田家の家産一切を承継した上告人は、右時点に於いて本物件の所有権を取得したものである。

四、以上の通り、上告人は時効の取得につき、池田清次郎の所有の意思をもってする占有開始を前提とし、同人に対する相続を含め、甲第一一号証の通り昭和五九年一〇月六日神戸地方裁判所洲本支部に於ける平一に対する昭和五九年(セ)第二号調停申立事件迄に右いずれによるも、その取得時効は完成していたものである。さればこそ、上告人は前記甲第一一号証調停申立書中その理由五項に於いて取得時効の主張をしたものである。即ち、本書面三項で述べた如く、上告人及び平一の父である池田清次郎の生存中、上告人は実質上、池田家の家産について支配していた事は認められるものの、法的には右関係に於いて池田清次郎の占有補助者にして、上告人の独自の占有は開始しないと言う法的解釈を必ずしも否定する事は出来ないであろうが、少なくとも、昭和四六年八月四日清次郎の死亡に伴い、その家産を相続した以上は、本物件の名義上の所有者である平一が昭和三二年四月以降、その占有を放棄し、省みない事実に踏まえ、それ以後は家産と共に清次郎(従って、その占有補助者である上告人)が耕作等をする事により占有管理して来た以上、本件物件が家産に含まれている事は否定できず、従って、清次郎の昭和三二年四月の所有の意思をもってする占有を同人の死亡により相続した上告人は清次郎の占有を併せ、二〇年の占有による所有権の主張をなし得るものである。

五、更に上告人は前各項の二〇年の取得時効の主張に加え、昭和四六年八月四日清次郎の死亡に伴う一〇年の取得時効を主張するものである。右に関し、第一審、原審に於いて、本理由書本項の通り自己の自主占有を併せて主張した事に対し、原判決は、右については上告人の無過失であったと言う事は出来ないと判示されるが、本来、過失の有無は自己の占有開始の時期に於いて判断すべきところ、その時期は昭和四六年八月四日清次郎死亡のときであり、右期日迄は占有補助者であったとするも、それ以降、上告人は同人の占有を受継し、独自の占有者となったのであるが、その際、本件各物件は清次郎が、それまで所有していた家、屋敷他の田畑と同様の手段により、その占有を承継したものにして、本件物件のみ他と異なる手段、態様により引き継いだものではなく、特に本物件の名義上の所有者であった平一よりも何等の異議が出た事はない。

尚、甲第七号証の一、二が存在するものの右は清次郎の死亡より一年三か月以上後の事にして、且つ、その事について平一は無論、その他の何人よりもこれにつき、問題の提起はなかったのである。

更に、これは後日の事ではあるが、本件各物件登記済証を本件上告人が相続した他の各物件の登記済証と共に何等の異議を止める事なく渡しているのである。本来、登記済証書の交付という事は有価証券等と法的性質は異なるものの世間一般の扱い或いは考え方としては動産、或いは有価証券の引渡等と同様に考えるのが通常である。(右につき、平一は印鑑証明書を渡さなければ名義が変わらない。)と言っており、登記上、法的な性格としては平一の言う通りであるものの平一も上告人もその登記済証書を上告人に渡すに際し、その事を理解していた事は疑問であり、本当にその様に平一が信じていたなれば、同人は上告人にその旨を表示すべきであったにかかわらず、これが全くなされていないと言う事は併せて上告人の占有開始に際する無過失を裏付ける一つの根拠となるものである。

尚、右につき、原審は上告人の無過失についての主張立証がないと言うところ、上告人は原審に於いても右主張立証をなし、右についての原審の判断は誤りと思料するものであるが、仮に原審の通りであれば、従前一審以来の上告人の主張を顧慮するなれば、右関係が容易に判明するものであるから、原審が、これにつき釈明しなかったのは、その釈明義務を指摘した最高裁第一小法廷平成七年(オ)第二二二九号の判決にも違反し、判例違反となるものである。

六、右についての時効に関する上告人の主張は前述したところであるが、更に、上告人が清次郎死亡の後、本件各物件を従来、清次郎が所有していた物件等と共に占有するにつき、何等の異議を言わず、更に前記の通り本件各物件についての登記済証書を何等の異議を止めず渡している事に加え本件調停に於いて当時の時価一億五千万円、少なくとも一億円以上の物件を僅かその一〇分の一である一、五〇〇万円で名義をかえる事に同意したことは右の経緯につき平一、上告人の各証言があるとはいえ、平一が本物件を真に売買する売買代金ではなく、上告人の前記主張の如く同人が本物件を既に放棄していた事、従って、上告人が既に本各物件を取得していた事と認識していた事を示す結果に他ならず、従って、右調停に表示された売買代金一、五〇〇万円は実質は示談金又は、和解金を出るものではない。尚、言えば殊に税法関係に於いては名目の如何にかかわらずその実態で見るべき事は既に最高裁判例の確定するところである。

七、以上の諸点を考えれば本件を昭和六〇年四月二二日の売買による取得であり、従って、本件を分離短期譲渡取得であるとする被上告人は誤っており、従って、これと同旨の判断を示した第一審及び原審も判例の解釈を誤ったのである。

以上

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